ama-oto
何もせずにもう寝たい。ぼんやりした頭で、廊下を歩き、校舎の出入り口で気がついた。思ったよりも強めに雨が降っていた。抄読会の部屋に傘を忘れてきてしまった。振り返ると、警備員室に鍵を返した福間くんが、傘を2本持ってこちらに歩いていた。

 「お疲れさまです。」
 「ごめん、助かった。」

 アレコレいらぬ警戒をしている場合ではなかった。福間くんはいつも通りの行動をしていただけだった。いつものニヤリとした笑顔でなく、自然なニコニコ顔で、福間くんは私に傘を渡した。受け取った傘を差し、空を見上げた。

 「早く夏にならないかな。」

 福間くんがつぶやいた。傘をまっすぐに持って、すっと背筋を伸ばした背中を、なぜかまじまじと見つめてしまった。視線に気づいたのか否かは分からないけれども、先を歩いていた福間くんがクルっと振り返って、私の顔をまじまじと見た。

 「それより、早く帰って休んだ方がよさそうだね。目の下、クマ。」

 思いもしなかった言葉に、ムッとしながらも、なんだか笑えてきた。

 「女性にこんなこと言ったら嫌われるかとは思ったけどさ、あんまりにもクマがひどいから、相当頑張ったんだなーって思ってね。いつ突っ込もうか悩んでた。」
 「むしろ気になっても無視してください。」

 心の底から笑った。妙な緊張感から解放されて、おなかの底から絶え間なく笑いがこみあげてきた。

< 76 / 106 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop