朝の旋律、CHOCOLATE ~Whole Lotta Love~
思わず振り向いた私は、その時は、何も見なかったと思う。
悲痛な声を上げた婿様が、さっきと変わらない髪色をした哲に、真っ青になって駆け寄る所しか、覚えていない。
哲が。
急な腹痛でも起こしたかのように、前のめりにうずくまった。
「哲…?」
私は、そう発音出来ただろうか?
一声も発さないまま、膝をつき、軍手をつけたままの右手で、左手を固く掴む哲の。
食いしばった歯と、浮かんだ汗と。
指先の切り離された左手の軍手から、真っ赤な血が溢れ落ちる様が。
全ての音を、私から。
消し去った。
「婿様どいて!!!」
我には返らなかったと思う。
突き飛ばすように、婿様を押しのけた私は、哲の左手から、やや乱暴に、軍手を取り除いた。