朝の旋律、CHOCOLATE ~Whole Lotta Love~
弾けない。
いや、弾いてはいる。
ただ、譜面どおりに弾いている、だけ。
夜中だから、ごく小さく絞った音量の、ピアノ協奏曲。
止まらなくなった涙が、頭の中では、マズい、と。
わかってはいた。
遼が困る。
泣く女ほど、厄介で鬱陶しいものはないのだから。
不安定な女は…扱いにくい。
私は涙もろいけど、それは映画を見たり本を読んだり、の涙もろさで。
こんな風に、訳も分からずに泣く何て事、なかったのに。
「…マウスピース、さあ」
弾く指の速度を落として、遼が小さく話しかける。
「俺のトロンボーンと…蜜のトランペット、…マウスピースのサイズ、違うんだ」
……え?
そう、だった?
じゃあ、あのマッピ、使えないんだ?
「でもアレ、俺にくれる?」
遼の指が止まったから。
私も弾くのをやめて、遼を見上げた。
眼鏡越しの目が。
…真っ直ぐに。