ほどよいあとさき
「会議室の鍵ってどこにあるんだ?」
「え?鍵、ですか?」
「ああ。午前中の会議の前にパソコンをつないで準備しておきたいんだ」
椎名主任は、そう呟きながらさっさと会議室へと向かう。
今、私達がいるフロアは10階だけど、会議室は15階にある。
課長は階段室に抜けるドアを開けて振り向いた。
「この時間、エレベーターは混み合っているから階段で行くぞ」
「あ、はい」
確かにこの時間は出社してくる社員たちでエレベーターは混んでいる。
エレベーターが来るのを待っている間に、階段を上れば15階に着くだろう。
私は、ドアを開けて立っている椎名主任の横を足早にすり抜けた。
そのまま階段を上り始めて、背後にいるはずの椎名主任に振り向くと、私の顔をじっと見ながら階段を上ってくる椎名主任の視線とぶつかった。
まるで、ずっと私の事を見つめていたかのようなその視線に体がとくんと跳ねる。
御年28歳。
仕事もできて見た目もかなりいい。
部下への思いやりだって人一倍の椎名主任と二人きり。
落ち着いていられるわけがない。
狭い階段室を上がりながら、私のそんな気持ちを悟られないように俯き、小さく息を吐いた。
そして、切ない思いに溢れそうになる自分の気持ちを振り切るために、明るい声をあげた。
「会議室のドアは、暗証番号で開けられるんです。朝いちばんで各部署の担当にその日の暗証番号がメールで届くので、それを使って開けるんですよ」
椎名主任の顔を見ないように体を前に戻して、心なしか足早になったのは気にせずに。
落ち着いた自分を意識しながら上階へと歩を進める。
「経理部の暗証番号担当は、私と美里ちゃんなんです。これから、何かあれば私か彼女に声をかけてくださいね」
「……了解」
「午前中の会議は10時からですよね。それまでにお手伝いすることがあれば、手伝いますけど?」
相変わらず跳ね続けている鼓動をどうしようどうしようと思いながらも、普段と変わらない声音で言葉を続ける。
何か話していないと緊張に覆われた私の体は壊れてしまいそうだ。