ほどよいあとさき
そう言えば、歩と付き合っていた頃『相模だって、大した人生を送ってるオトコじゃないんだ』とぽつりと聞かされたこともあったっけ。
その言葉に、私は口には出さずに胸の中で反論したけれど、今目の前にいる相模主任は至って普通の男性で、単なる上司の一人、そんな風にしか見えない。
「えっと……相模主任?新入社員の引き取りの時間が迫ってますけど?」
ほんの少しだけ、いつもよりも軽い声音で言う私に、相模主任は、どこか真面目な顔を見せた。
「神田さんは、もうしばらく大変だろうけど、今のまま、頑張ってくれ」
「あ、はい……。わかって、ます。もうしばらく、住宅設計部で、相模主任のサポートを頑張ります」
「いや、その事じゃなくて……いや、いい。それで」
「は?」
「いや、いいんだ。あと少しだけど、俺のサポートをしながら会社の稼ぎ頭ともいえる住宅設計部の流れを学んで経理部に戻ってくれ」
「はい……ありがとうございます」
相模主任の言葉には、何か深い意味があったのかなと、私は首をかしげた。
相模主任のサポートを頑張ると言ったけれど、何か取り違えてしまったのかな。
そう思って聞き返そうとしたけれど、相模主任は、小さく頷いて私にそれ以上何も言わせないような視線を向けた。
「じゃ、新入社員を引き取りに行ってくるか。そういえば去年、俺が迎えに行って、卒倒した奴がいたな」
……そりゃそうでしょう。
まさかあの相模恭汰がわざわざ引き取りにきてくれるなんて、新入社員の誰も想像しないに違いない。
相模主任は面白そうに笑う。