ほどよいあとさき


「じゃ、また歓迎会で話そうな。あ……」

「あ、はい……?」

相模主任が、ふと私の顔……じゃない、耳のあたりを見ながら、口元を緩めた。

「そのピアス、似合ってる」

「え?」

「それ、、椎名がとろけるような顔をして選んでたんだ。俺もその時一緒にいたからよく覚えてる」

その言葉に、私ははっと耳に手を当てた。

小さなダイヤの粒が輝いているピアス。

肩までの髪に隠れているはずのピアスだけど、無意識に髪を耳にかけたせいで、相模主任の目に留まったらしい。

「高校生の男子じゃあるまいし、それに、初めて女にプレゼントするわけでもないだろうに、何日もかけて何軒もの店を回って選んでたな。ようやくそのピアスを見つけたのは、神田さんの誕生日の前日だった」

「あ……あの」

「椎名は、自分のものにはとことん愛情を注いで妥協しない。簡単に諦めるようなこともしない」

ゆっくりと話す相模主任の表情は、どこか切なく見える。

低い声からは、私に何かを言い聞かせるような雰囲気も感じられる。

「一年前、神田さんと別れてからも、椎名の気持ちは変わっていないから。もう少し、頑張ってくれ」

「あの、相模主任、それって……?」

「簡単に、諦めるなってことだ。同じ言葉を、一年前の椎名にも言ったんだ。
それ以来あいつは何かをふっきったように周囲に根回しして、固めて。俺もいいように利用されたよ。本当、見た目は誰にでも優しい愛されキャラだけど、実際は腹黒いオトコだからな。覚悟しておいた方がいいぞ」

相模主任は、そう言って肩を揺らしながら笑う。

「俺も、腹黒い感情を抑えきれないほどの女に早く出会ってみたいよ」




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