ほどよいあとさき
相模主任は、自嘲的な笑いと言葉を残して、新入社員を引き取りに行った。
その後ろ姿はいつもと変わらない『相模恭汰』としてのオーラをまとっていたけれど、どこか寂しげにも見える。
設計デザイン大賞を受賞してすぐに恋人と別れたことが、相模主任の心に大きな傷を残していると、歩から聞いたことがある。
どれだけ大きな賞を獲って、名誉を手にしたとしても、どうしても手に入らないものがあると、その恋人から否応なく教えられ、それ以来本気で好きになった女性はいないとも言っていた。
それを聞いてから一年は経つけれど、今の相模主任から特定の恋人の存在は感じられないし、きっと今も傷ついたままなのかもしれない。
『建築界の至宝』とも言われる相模恭汰でさえ、望むものすべてが手に入るわけじゃないのなら。
私みたいな平凡な女に、本当に欲しいものが手に入るなんて思えない。
そう。
私がどれだけ欲しいと思っても手に入らない歩。
別れてからの一年をどう過ごしていたのかも、夏乃さんとは今どうなっているのかも、わからない。
それでも、ずっと好きで。
側にいたくて。
泣きたい気持ちを隠しながら。
一生懸命笑って部下を演じてきたけれど、それももう、限界かもしれない。