ほどよいあとさき
「お茶の用意はしますけど、途中、コーヒーをお出しした方がいいですか?」
「ん。そうだな、コーヒーなら俺は……」
「ブラックですよね」
「……ああ。よく覚えてるな。俺の事なんて、すっかり忘れてるかと思ってたんだけどな」
くすくす笑っている椎名主任の声に、はっと振り向いた。
「あ、あの、忘れてるとかではなくてですね、えっと、その。
部内のみんなの好みはちゃんと覚えているんですっ。
椎名主任だけが特別だというんではないんです。だから、その……」
思わず大きな声で、あわあわと言い訳の言葉を並べた。
誤解されては困る。
私は部内の人がどんな飲み物を好むのかをちゃんとリサーチして、それを活かすべくお茶出しにも気合いを入れてるんだから。
決して椎名主任だけを贔屓して、飲み物の好みを記憶しているわけではない。
せっかく、椎名主任を見る度に切なくなる気持ちを上手に隠す術を身に着けたというのに、その当人に本当の気持ちを悟られては元も子もない。
この一年の私の努力が無駄になってしまう。
そう。
泣いても泣いても涙は溢れて、悲しみと後悔ばかりが増え続けた。
そんな痛みに満ちた感情をどうにか整理したばかりなのに。
「そ、それに、椎名主任がブラックコーヒーが大好きだってこと、誰でも知ってます」
私の言葉に間違いはない。
嘘なんて言ってない。
自分で自分に言い聞かせるように付け足した言葉には、どこか空々しさも感じられる。
あまりにも早口で話す私に、椎名主任が何かを感じなければいいけれど。
いつの間にか歩くペースは落ち、俯きがちな自分に、泣きそうになる。