ほどよいあとさき
わけがわからない。
もしかしたら、夢なのかもしれない。
歩のことを今でもずっと愛していて、忘れられない私が見ている自分勝手な夢。
そうだとしたら納得もできるけれど、目の前にいる愛しいオトコは、私のそんな考えなんてお見通しのようだ。
「夢じゃないから安心しろ。一年前、一花と別れると決めたことこそ夢なんだと……ずっとそう思ってきたんだ」
どこか切なげな声は震えていて、歩の言葉が嘘じゃないと教えているようだ。
一年前が、夢。
私だって、そうであればいいと何度も思って泣いた。
嫌いになって別れたわけじゃないって、まるでドラマか何かの台詞のようだけど、私にもその台詞はしっかりと当てはまる。
ずっと歩の側で生きていたいと思いながらも受け入れるしかなかった別れの言葉は、私の心を凍らせた。
『歩の側にはいられない……いない方がいいよ』
その言葉が、私の気持ちを表していた。
歩だって、その言葉を否定しなかった。
何かを考え込むように目を閉じて、口元を引き締めたけれど、それでも私の言葉をそのまま受け入れてくれた。
その後、会社で顔を合わせる切なさと気まずさを抱えながら、それでも大人の私には歩の側から離れて一人で過ごす日常を受け入れるよりほかなくて。
歩を忘れたいと、必死な思いで毎日を過ごしていたことを、褒めてもらいたいほどなのに。
どうして今頃、歩の手はこうして私の手を強く握ったまま離そうとしないんだろう。