ほどよいあとさき


お店を出てからずっと歩の思い通りに引きずられているけれど、もしかしたら、歩も緊張していたのかなと思った。

落ち着いた表情の中に見え隠れするのは歩の戸惑い。

瞬きの数が微妙に増えて、ぎゅっと結ばれた口元。

それは、以前から変わっていない、歩が何かを決意して緊張した時に見せる仕草だ。

そうか。歩だって。

私一人が戸惑って、不安で、歩を求めているわけではないのかもしれない。

お酒に酔ったのか、普段よりも明るい思考回路に支配された私は、くすりと笑った。

「歩、手、つないで」

歩の目を見る勇気までは生まれなかったけれど、それでも自分が望むことをちゃんと言葉にして伝える。

引きずられるようにしてお店から連れ出された時からずっと、私の手は歩に掴まれてその温かさ、というよりも強引な熱を感じていた。

決して嬉しくないわけではないけれど、それが歩のどんな感情によっての行動なのかがわからなくて、戸惑いの方が大きかった。

「歩と、ちゃんと手をつなぎたい」

私が歩に持っている感情は確かに愛情で、それは歩との別れを選んだあの日からずっと変わらず、むしろ更に大きくなっている。

私達が恋人同士で、お互いの存在に安心感と感謝を抱いていた頃は、その感情を確認するかのように手をつないでいた。

キスをするよりも、体を重ねるよりも、単純で明らかな、気持ちの交換。

互いに互いを必要として、大切にしていると、その感情を添わせる一番大切な儀式のようなもの。

ただそれだけで安心できるのが、手をつなぐことだったから。

今この瞬間も、私の手を掴むのではなくて、つないで欲しい。



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