ほどよいあとさき
「だって、あんなに気に入っていた時計……あ、ない」
リビングの壁にかけられていた大ぶりの時計が、ない。
夏乃さんが選んで配達してもらったと苦笑しながらも、「俺も気に入ってるんだ」とあっさりと言い切っていたのに、その時計が見当たらない。
それどころか、替わりになる時計すら見当たらない。
以前時計がかけられていた天井付近を見上げる私に、歩はくすりと笑った。
「子供みたいに口を開けたままぼんやりするな。かわいすぎるだろ」
「は?かわいすぎるって、今そんなこと言わないでよ。それに、私かわいくなんてないし……それより、どうしてあの時計がなくなってるの?」
私は、以前時計が掛けられていた場所を指さした。
じっくりと見れば、ほんの少しだけ色が変わっている場所がある。
きっと、それは時計が掛けられていた跡だ。
「だから言っただろ?一花の物がこの家からなくなって、夏乃の残骸しか残っていないから捨てたって。
俺がようやくの思いで一花を手に入れたっていうのに、オレたちが別れなければならない原因を作った張本人の物に囲まれて、俺が平気でいられると思うか?」
強い語気で私の側に立つ歩は、私の頬を両手で挟み、じっと私を見つめた。