ほどよいあとさき


私をぐっと引き寄せる歩の力は、私のほんの少しの身動きも許さないかのように弱まることがない。

グレーのシャツに私の頭を押し付ける仕草は、懐かしい強引さ。

付き合っていた頃、よくこうして落ち込んだ私を抱きしめて励ましてくれていた。

「シャツに、メイクがついちゃうよ」

押し付けられた顔をずらすこともできない私は、くぐもった声で歩に告げた。

ぐいぐいと更に強さを増す歩の手の力に、少し息苦しさも感じて、同時に泣きそうなほどの幸せも感じる。

「いくらでも汚していい。一花のメイクでも涙でも、こうして俺の腕の中にいてくれるのなら、思い切り汚していい」

「……前も、そう言ってたね」

「ああ。ずっと変わらない。俺の一花に対する想いは何一つ変わっていない。いや、前よりもずっと一花に惚れてる」

「そ、そんなっ。突然、どうして今頃」

夢じゃないかと。

今私を抱きしめて、想いを告げて、そして私が望む吐息を首筋に与えてくれる歩は、幻ではないかと。

強い力で拘束されているせいで身動きひとつとれない。

そして、私の体は更に硬直し、突っ張っていく。

瞬きひとつするだけで、この夢のような時間が崩れ去り、夢だったと実感させられるんじゃないかと怖くて何もできないでいる。




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