みどり姫
帯の色は明るい碧。胸元高く複雑に結い上げる。
「羽織物は如何致しましょうか? 姫様」
「そうねぇ……お前に任せるわ、シイラン。もう時間もないことだし」
小首を傾げつつ、マーレイは言った。その言葉に、シイランは後ろに控えた侍女の捧げ持つ二枚の羽織物を見やる。
スーリエル・レースをあしらった五分袖の白いカーディガンと、透けそうで透けない、青の七分袖のカーディガン。一瞬のうちにシイランは青のカーディガンを選び、マーレイに羽織わせた。
その時───。
コンコン……コンコン……コンコン……。
扉を叩く音。二度叩き、一呼吸。それを続けて三回。
朝食の時間の先触れ、だ。
儀式ばっているが、これが毎食の食事の時間、テーブルにエスコートする近衛の合図だ。
間に合った事に、マーレイとシイランは顔を見合わせ、ほっとした様に笑みを交わし合い扉一つ隔てた応接室へ向かう。
先程まで衣装を捧げ持っていた侍女達がマーレイとシイランの後を追い、応接室と侍女の控えの間を区切る扉にそっと近付き、それを開いて『先触れの騎士』を招き入れた。
「お早うございます、マーレイ姫様」
王族に対する最高の礼をもって、彼はマーレイに敬意を表した。そして跪く。
『先触れの騎士』は、固定の者がする役目ではない。近衛の騎士が交代で果たす役目だ。それは、皆にとってとても楽しみな。
今朝の『先触れの騎士』は、まだとても若かった。十四、十五……、マーレイとそう変わらない年だろう。恐らく、近衛に取り立てられて間がない。
朝、迎えに来たのは、マーレイの記憶にある限り初めてだった。そして、マーレイは己の記憶には自信があった。
「お前の名は? お前はまだ、わたくしに名乗ってみせた事がないでしょう?」
「は、はい。姫様にはお初に御目文字叶います。私の名はラディ・ウォールシュガントと申します」
恐縮した体でその騎士、ラディは名乗った。
ウォールシュガント家は大貴族だ。それでこの若さで近衛に取り立てられたのだと納得出来る。
勿論、それも本人の努力あっての賜物だろう。身のこなしに余分な隙がない。それは貴族として育てられたことにも関係しているだろうが、身につけた武術のお陰でもあるに違いない。
そう考えるマーレイの前で、ラディは身を固くした。
なんと美しい方だろう、と思う。遠目でお姿を拝した事は何度かあった。だが、この様に間近で拝すると、息をする事さえ忘れそうだ。
「ラディ、ではお願いしますわ」
そうっと、マーレイは小さな手を差し出した。震える手で、ラディはその手を取る。お互い手袋をはめていないのでよく解る。ラディの手は固くなった肉刺だらけだった。
立ち上がる許しを得て、ラディは立ち上がった。その顔は、日に焼けているのに何処か蒼く見える。
まぁ、緊張しているのだわ。
そう思って、その緊張を解きほぐしてやろうと、マーレイはラディに、にっこりと微笑みかけた。
ぎゅん……!!
病や負傷の為ではない痛みを、その時初めてラディは知った。
胸が痛い。
この手に口づけたい。
そう、切なく焦げるようにラディは思う。この手。この小さな手。
それは不敬に当たるだろうか? それはこの十四歳の姫君の不興を買うだろうか?
「こちらです、マーレイ姫様」
声の震えを押し隠しながら、ラディはそっとマーレイを促した。
「羽織物は如何致しましょうか? 姫様」
「そうねぇ……お前に任せるわ、シイラン。もう時間もないことだし」
小首を傾げつつ、マーレイは言った。その言葉に、シイランは後ろに控えた侍女の捧げ持つ二枚の羽織物を見やる。
スーリエル・レースをあしらった五分袖の白いカーディガンと、透けそうで透けない、青の七分袖のカーディガン。一瞬のうちにシイランは青のカーディガンを選び、マーレイに羽織わせた。
その時───。
コンコン……コンコン……コンコン……。
扉を叩く音。二度叩き、一呼吸。それを続けて三回。
朝食の時間の先触れ、だ。
儀式ばっているが、これが毎食の食事の時間、テーブルにエスコートする近衛の合図だ。
間に合った事に、マーレイとシイランは顔を見合わせ、ほっとした様に笑みを交わし合い扉一つ隔てた応接室へ向かう。
先程まで衣装を捧げ持っていた侍女達がマーレイとシイランの後を追い、応接室と侍女の控えの間を区切る扉にそっと近付き、それを開いて『先触れの騎士』を招き入れた。
「お早うございます、マーレイ姫様」
王族に対する最高の礼をもって、彼はマーレイに敬意を表した。そして跪く。
『先触れの騎士』は、固定の者がする役目ではない。近衛の騎士が交代で果たす役目だ。それは、皆にとってとても楽しみな。
今朝の『先触れの騎士』は、まだとても若かった。十四、十五……、マーレイとそう変わらない年だろう。恐らく、近衛に取り立てられて間がない。
朝、迎えに来たのは、マーレイの記憶にある限り初めてだった。そして、マーレイは己の記憶には自信があった。
「お前の名は? お前はまだ、わたくしに名乗ってみせた事がないでしょう?」
「は、はい。姫様にはお初に御目文字叶います。私の名はラディ・ウォールシュガントと申します」
恐縮した体でその騎士、ラディは名乗った。
ウォールシュガント家は大貴族だ。それでこの若さで近衛に取り立てられたのだと納得出来る。
勿論、それも本人の努力あっての賜物だろう。身のこなしに余分な隙がない。それは貴族として育てられたことにも関係しているだろうが、身につけた武術のお陰でもあるに違いない。
そう考えるマーレイの前で、ラディは身を固くした。
なんと美しい方だろう、と思う。遠目でお姿を拝した事は何度かあった。だが、この様に間近で拝すると、息をする事さえ忘れそうだ。
「ラディ、ではお願いしますわ」
そうっと、マーレイは小さな手を差し出した。震える手で、ラディはその手を取る。お互い手袋をはめていないのでよく解る。ラディの手は固くなった肉刺だらけだった。
立ち上がる許しを得て、ラディは立ち上がった。その顔は、日に焼けているのに何処か蒼く見える。
まぁ、緊張しているのだわ。
そう思って、その緊張を解きほぐしてやろうと、マーレイはラディに、にっこりと微笑みかけた。
ぎゅん……!!
病や負傷の為ではない痛みを、その時初めてラディは知った。
胸が痛い。
この手に口づけたい。
そう、切なく焦げるようにラディは思う。この手。この小さな手。
それは不敬に当たるだろうか? それはこの十四歳の姫君の不興を買うだろうか?
「こちらです、マーレイ姫様」
声の震えを押し隠しながら、ラディはそっとマーレイを促した。