ヒミツの隠れ家
第一回
昼から降り始めた雨は、会社を出るころには止んでいた。ムンとした湿気のせいで肩まで伸びたストレートの髪が広がっている。
「……これから、どうしよう」
もちろん髪の心配ではなくどうやって夜を過ごすかという心配だ。
里崎千穂(さとざきちほ)、二十八歳未婚、派遣社員で実家暮らし。昨日、三つ下の妹の結婚が決まった。
それはめでたいことだからいいけれど、「千穂はいつなの? 就職はどうするの?」という親からの質問にうんざりしている。
きっと帰ればまた同じことを言われるのだ。そんなこと聞かれなくても、何度も自分自身で問いかけているというのに。
正社員になるのは難しい。結婚もしたいけど合コンは気が乗らないし、会社にもいい人がいない。
「間違いなく、この路地裏にもいい人なんていないだろうけど」
家に帰りたくなくて彷徨っていたのは、会社があるオフィス街から一本奥に入った路地だった。
寂れた雑居ビルが立ち並んでいて、まだ十八時過ぎだというのにどこもシャッターが下りている。
人の気配もなく、ただでさえ落ち込んでいるのに、ここにいると更に気持ちが沈んでしまいそうだ。
< 1 / 24 >