再生ゲーム
 広いフロアを一旦でて、左側に向かった。ここのデパートでは、一番左端がエレベーターの設置場所だった。上の階へ昇る三角ボタンを押す。なかなか降りてこないと、上部に表示されている階数を確かめた。


――遅いわね? なにをやっているのかしら?


見上げていたが、ふと、ねちっこい視線と、人の気配に振り返った。驚いたことに、さっきのエプロン姿の店長が入り口に立っていた。


私は焦り、上ボタンを何度も強く押した。


――お願い、早く来て頂戴!


もう一度、後ろを確かめると男は徐々に歩を進め、距離を縮めている。


辺りにはボタンを押す、ガッ、ガッ、ガッという物音が響いた。


「そんなに慌てなくても、いいじゃないか? いつも見てるファンに失礼だろう? 欲求不満のくせに、なんだよその態度。俺の寂しいという気持ちに答えてくれたじゃないか?」


「欲求不満? 失礼なのは貴方じゃない! 私は貴方と話したことなんかない!」


男はボタンを押す手を、ねっとりと握り締めた。


「俺の指はどう? 太くて逞しいでしょ、試さない?」


――なにを言っているのこの人! 意味が分からない! 誰か助けて!


エレベーターが地下に着き、チーンという合図に扉が開いた。


――助かった!


慌てて飛び乗り、今度は『閉』のボタンを連打する。扉は閉まり、男の顔がゆっくりと視界から消えた。
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