トイレキッス


ふたりは同時に本を踏んだ。


絨毯の上に、たくさんの本がちらばっていた。机やベッド、テレビやタンスの上にも、本が積まれていた。インクと紙の匂いが、部屋に充満していた。


淵上は、ちらばった本の真ん中に立って、ふたりを見つめていた。あの時と同じ、からっぽな表情だ。


仁さんが、軽い口調で声をかけた。


「よう」


「わたしいま気分悪いんよ。帰って」


抑揚のない声で淵上は答えた。


「ほうか?元気そうに見えるけどな」


「気分悪いんよ。帰って」


「わかった。じゃあ、さっさと本題にはいるわ」仁さんは一歩つめよった。「淵上、おまえいますぐ泣け」


洋平は目を丸くして仁さんを見た。


淵上は、少しの間だまってから聞いた。


「あんた何言ってんの?」


「これはおれの推測なんやけどな。おまえ、三田村が死んでから、まだ一度も泣いてないやろ?」


洋平は、いぶかしげにふたりを見比べた。


おどろいたことに、淵上は無言でうなずいた。



「やっぱりな」


「なんでわかるん?」


「おまえ、逃げてるやろ?」






< 100 / 134 >

この作品をシェア

pagetop