トイレキッス
ふたりは同時に本を踏んだ。
絨毯の上に、たくさんの本がちらばっていた。机やベッド、テレビやタンスの上にも、本が積まれていた。インクと紙の匂いが、部屋に充満していた。
淵上は、ちらばった本の真ん中に立って、ふたりを見つめていた。あの時と同じ、からっぽな表情だ。
仁さんが、軽い口調で声をかけた。
「よう」
「わたしいま気分悪いんよ。帰って」
抑揚のない声で淵上は答えた。
「ほうか?元気そうに見えるけどな」
「気分悪いんよ。帰って」
「わかった。じゃあ、さっさと本題にはいるわ」仁さんは一歩つめよった。「淵上、おまえいますぐ泣け」
洋平は目を丸くして仁さんを見た。
淵上は、少しの間だまってから聞いた。
「あんた何言ってんの?」
「これはおれの推測なんやけどな。おまえ、三田村が死んでから、まだ一度も泣いてないやろ?」
洋平は、いぶかしげにふたりを見比べた。
おどろいたことに、淵上は無言でうなずいた。
「やっぱりな」
「なんでわかるん?」
「おまえ、逃げてるやろ?」