トイレキッス
淵上は仁さんをにらんだ。
「どういうこと?」
「演劇部をやめたんも、学校に行かんなったんも、三田村が死んだ事実から逃げるためやろ?泣かないんも、三田村の死を認めたくないからやろ?」
淵上は何も答えなかった。
「ふざけんなよ、てめえ」仁さんは声を荒げた。「おまえは三田村の死から目をそむけとる。それは三田村から目をそむけとることと同じじゃ。おまえはいま三田村をシカトしとるんぞ」
「うるさい」
淵上はふるえる声でつぶやいた。
「ええか?三田村は死んだんじゃ。演劇部のみんなはそれを受け入れた。めっちゃ苦しかったけど受け入れた。だからいま笑っとる。おまえも、ええ加減受け入れんと、ほんまにだめになるぞ」
それを聞いて、洋平の胸が痛んだ。自分も淵上と同じだ。三田村の死を完全に受け入れていない。だからまだ笑えない。そう思った。
淵上の表情が、わずかにくずれた。
「うるさい」
「知るかぼけ。何度でも言うぞ。三田村は死んだ。トラックにひかれて死んだ。おまえが演劇部をやめようが、登校拒否をしようが、この事実は絶対に変わらんのじゃ」
「うるさい」
「三田村は死んだんじゃ。もうどこにもおらんのじゃ」
「うるさい」
「ええ加減、意地はるんはやめえ。おまえがどれだけ意地はっても、三田村は帰ってこんのやぞ」
「うるさいっつってんだろ、この糞があ」
そう叫ぶと同時に、淵上は床の上の本を一冊拾い、それを仁さんの顔面に思いきりたたきつけた。
仁さんはだまってそれを受けた。
本が落ちた直後、淵上はその場に座りこんで、息を殺しながら泣きだした。
落ちた涙が、彼女の膝を濡らした。