トイレキッス


無駄に歩きまわっているうちに夕方になった。あたりは薄闇に包まれて、街灯の明かりがともりはじめる。


洋平は古本屋に寄った。目をつけていた小説をいくつか立ち読みしてみたが、陰鬱な気分のせいで活字が頭にはいってこなかった。はいって五分もたたないうちに出口へ向かった。出口の近くに、成人向けのコーナーがあった。洋平は、ふとその前で立ち止まった。気になる本が目にはいったのだ。その本は、成人向けのコーナーの右隅に置かれていた。


『美少女園獄』。


それは、演劇部に入ってから、初めて三田村から借りたエロ本と同じものだった。


それを見た瞬間、洋平は三田村のことをたくさん思いだした。


『極道の就職』の主役に選ばれてよろこぶ三田村。お好み焼き屋で酔っぱらいと喧嘩した三田村。淵上に家に侵入されたとき、変な誤解をして、翌日洋平の胸ぐらをつかんできた三田村。そして、洋平に『美少女園獄』を貸してくれた三田村。


様々な三田村の姿が、頭の中を一瞬で駆けめぐった。


熱いものがこみあげてきた。こみあげてきて、たまらなくなった。


洋平は絶叫した。長く長く絶叫した。絶叫しながら走りだした。古本屋を飛びだして、山へ向かって走りだした。
周囲のひとが皆、こちらを見た。それでもかまわずに、洋平は叫びつづけた。叫ぶことでしか、こみあげてくるものを吐きだすことができなかった。叫ばないと、こみあげてくるものに押しつぶされてしまいそうだった。
商店街を抜け、田んぼ道を過ぎ、山のふもとにある野原まで来ると、洋平は叫びながら目についた雑草を次々とひっこぬいていった。


「ちくしょう。ちくしょう。なんなんで、ちくしょう。何で死ぬんで?ちくしょう。死ぬなやボケえ。ちくしょう、ちくしょう」


喉が痛み、声がかすれる。はねた土が目にはいる。あわてて目をこすったとき、自分の頬が涙で濡れていることに気がついた。泣けた、と思った途端に、体から力がぬけた。その場に尻もちをつき、洋平はせきこみながら、しばらくの間泣きつづけた。


日が沈み、夜空に星が見えはじめた。涙がおさまると、洋平は自分の服が土まみれになっているのを見て苦笑した。


まったく、おれはこんな馬鹿なことをせんと、泣くこともろくにできんのか。ああ、格好悪い。めちゃくちゃ格好悪い。


「まあ、ええわ」立ちあがった。「これがおれや」


陰鬱な気分はきれいさっぱりなくなっていた。


ズボンの尻についた土をはらいながら、洋平は歩いて家に帰った。





< 107 / 134 >

この作品をシェア

pagetop