トイレキッス
午後十時を過ぎた頃、藤沢がとつぜん激しくせきこみだした。
「大丈夫ですか?」
洋平はミシンを止めた。藤沢は、目に涙をためながらうなずいた。全然大丈夫そうではなかった。
「もう休んだほうがいいですよ。あとはおれがやりますから」
「でも」またしばらくせきこんでから、弱々しくうなずいた。「わかった。悪いけど、そうさせてもらうわ」
藤沢はおやすみ、とつぶやくと、和室から出ていった。洋平は、ふたたびミシンを動かしはじめた。
午前二時頃、どうにか全てを直すことができた。ミシンの電源を切ると、洋平はため息をついて畳に寝転がった。天井をぼんやりと見つめているうちに、たまっていた眠気がおそってくる。
そのとき襖がひらいて、お盆にホットミルクをのせた藤沢がはいってきた。洋平は、あわてて起きあがった。
「まだ寝てなかったんですか」
「昼間たくさん寝とったけん、目がさえちゃって」
藤沢は湯気のたつカップをテーブルの上に置いた。洋平は礼を言って、それを一口飲んだ。
「衣装、もう全部直してくれたん?」
「ええ、なんとか」
「よかった」深いため息をつく。「ありがとう。ほんまにありがとう」
「いえ」
「あとは朝になったら、衣装を学校に持っていくだけやね。麻見君、今日はもう帰る?」
「いえ、ここにいて、朝、衣装を運ぶんを手伝いますよ。いいですか?」
「うん、そうしてくれると、助かる。麻見君、眠たいやろ?寝るなら布団敷くけど」
「いえ、寝たらもう起きられそうにないんで、このまま朝まで起きてます」
「そう。じゃあ、わたしも付き合うわ」
藤沢は、洋平の隣に座った。
「体の調子はいいんですか?」
「うん、だいぶ楽になった」
「明日の発表、うまくいくといいですね」
「せやね」
ミシンを片付けたあと、ふたりはしばらくの間、他愛のない話をつづけた。