トイレキッス
ホットミルクを飲み終えたあと、話がふと途切れた。なぜか気まずくなり、ふたりは視線をそらしあった。まだ外は暗いのに、雀の鳴き声が聞こえてきた。時計を見ると、もう朝の四時だった。
何か言おうとして口をひらいたとき、唐突に藤沢が、洋平の手の甲をなではじめた。汗のにじんだ感触が、指先が、手首のあたりまでをゆっくりとわたってゆく。
「何ですか?」
いぶかしげに聞いたが、藤沢はこちらを見つめたまま、無言でなでつづけた。
「あの、何やってるんですか?」
もう一度聞くと、とまどうような返事がかえってきた。
「誘惑してる、つもりなんやけど」
「へ?」
まぬけな声が口からもれた。
「あれ、なんかちがうかな?」
「いや、誘惑って、え?」
「そっか、もっとすごいことせんと、誘惑にはならんのかな?」
そう言って、藤沢はパジャマの前ボタンを外そうとした。洋平はそれをあわてて止めた。
「ちょっと待ってくださいよ。なんで誘惑なんかするんですか?」
藤沢は唇をとがらせた。
「そんなん、理由なんかひとつしかないやん」
ふと、藤沢の寝間着のしわに目がいった。そのしわから身体の線を思いうかべて、彼女が女性であることを意識した。そして、ようやくわかった。