トイレキッス


朝、目覚めると同時に、洋平は青ざめた。


腕時計を見ると、午前十時を過ぎていた。本番まであと一時間しかない。


あわてて藤沢を起こしにいった。藤沢も、目覚めると同時に青ざめた。


ふたりは玄関前に置いてあるリヤカーに、衣装を入れた段ボール箱を急いで積んだ。


「藤沢先輩はまだ体調悪いみたいですから、家で休んでてください。これはおれが運びますから」


「間に合うかな」


「走ればぎりぎりでなんとか」


洋平はリヤカーをひいて駆け出した。車輪が古いせいで、走りにくくてしょうがなかったが、それでも足に力をこめて、必死で駆けつづけた。


ところが二十分くらい走ったところで車輪のタイヤがパンクしてしまい、リヤカーは歩道の真ん中で動かなくなった。ひきずりながら進もうとしてみたが、それでは本番に間に合いそうになかった。


「勘弁してくれや」


洋平は頭をかかえてその場にしゃがみこんだ。
今回の発表は、部員全員が三田村の死から立ち直ろうと努力して準備をした大切なものなのだ。絶対に成功させないといけない。
洋平は寝坊した自分を心の中ではげしく責めた。


そのとき、道路の先から軽トラックが走ってきた。


洋平は、あせる頭である方法を思いつき、それをすぐに実行にうつした。


軽トラックの前に飛びだして、両手を広げて叫んだ。


「乗せえ」


にぶい音と共に、洋平の体は後ろにふっとんだ。





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