トイレキッス
最終話「春」
卒業生送迎会が終わってから、三日がたった。
「五7金」
「八6歩」
「うわ、しもた。一4飛車」
昼休み、洋平とミツキは部室で将棋をさしていた。
「なあ、春休みになったら、またいっしょにどっか行こうや。二8香車」
「ええけど、加火島とかは、もうやめとこうで。今度は普通に遊べるとこがいいわ。んん、三7角」
「うふ、王手」
「え?うわっ、あっちゃあ」
洋平はソファの上で足をばたつかせた。ミツキは笑いながら手をたたく。
「はい、放課後うどんオゴリね。ぶっかけうどんでよろしく」
「へいへい」
洋平はしぶしぶうなずいた。
そのときドアがひらいて藤沢がはいってきた。ふたりの姿を見て、顔をこわばらせる。
あの日の夜を思いだして、洋平の表情も固くなった。
将棋盤を片付けながら、ミツキが口をひらいた。
「藤沢先輩、体調よくなったんですか?」
「うん」
そこで会話がとぎれて、ぎこちない沈黙が生まれる。
洋平はじっと床を見つめた。ミツキは無言で将棋盤と駒を棚にしまった。ドアの外から、廊下を歩く生徒達の騒ぎ声が聞こえた。
その騒ぎ声が遠ざかるのを待ってから、藤沢はいきなり洋平を指さして言った。
「惚れたから」
「知ってましたよ」
ミツキがそっけない返事をかえす。
「それと、告白もすませたから」
「え?」ミツキが洋平を向く。「そうなん?」
洋平が床を見つめたままうなずくと、ミツキは眉間にしわをよせた。
「なんでだまってたん?」
「なんでって」
「言っとくけど」藤沢が割ってはいった。「麻見君はきちんとわたしをふったんよ」
「先輩はだまっててください」
ミツキがいらついた声をあげる。
「じゃあ、これだけは言わせて。わたし、麻見君のことまだあきらめてないけん」
藤沢はテーブルの上にあったプリントを数枚取ると、早足で部室から出ていった。