トイレキッス
ミツキは手に貼ったバンソーコをなでながらつづけた。
「藤沢先輩は受けてくれた。それで、わたしらは、山のふもとの原っぱで戦ったんよ」
「いや、ちょっと待てや。決闘って。ええ?」
信じられない話だった。女性ふたりが、自分なんかのために殴り合うなんて。
現実感がわいてこない。
「女同士が決闘なんて、変やないかって思ってるでしょ?でもいい方法やったんよ。お互い思いきり力をこめて戦ってたら、胸ん中にたまってたクサクサしたものが、きれいさっぱりなくなっていったんやから」
混乱する頭を無理矢理落ち着かせて、洋平は聞いた。
「それで、決闘して、どうなったん?」
すると急に、ミツキの表情が暗くなった。肩を落とし、ゆっくりとうつむく。
「どしたんで?」
不安げに洋平が聞いた。しかし返事がない。
やがてミツキの顔が赤く染まっていったかと思うと、その目から涙があふれだした。
「おい、川本」
「藤沢先輩ね、なんかスポーツ習ってたみたいで、すごく強かったんよ。蹴りもパンチも、すごく痛かった」
「え?」
「わたし、怖くなって、すぐ後悔した。決闘なんてするじゃなかったって。わたしの馬鹿馬鹿って、殴られながら何度も自分を責めた」
洋平は嫌な予感がした。ミツキは泣きじゃくりながら、涙声でつづけた。
「わたし、ほとんど何もできなくて、殴られてばっかやった。鼻血がいっぱい出てきた。歯が一本折れてしもた。舌の上に、折れた歯が乗るの感じたとき、わたし、めっちゃ怖なって、怖なって、怖なって」
洋平は、自分の嫌な予感が当たってしまったと思った。
「川本、もうええ」
ミツキの肩に手を置こうとしたときだ。ミツキは、服の袖で涙をふき、しっかりと洋平を見て叫んだ。
「でも、わたしあきらめんかった」