トイレキッス


洋平は、ぼうぜんとしながら、ミツキの全身を見渡した。


顔に青痣がふたつ。右手にバンソーコがひとつ。左手にふたつ。左足の膝に包帯。右足の太股に包帯。それ以外にも、目立たない、小さな切り傷やかすり傷があちこちにできている。


自分なんかのために。


「今日、藤沢先輩が休んだんは、その、決闘のせいか?」


「たぶんそうやろね。もし負けてたら、わたしでもそうしてたわ」


「なんでや?」


声がふるえた。


「え?」


洋平はミツキにせまった。


「ふざけんなよ。なんでおれなんかのために、そんなことできるんで。おれ、そんなことしてもらうほど大した男やないで。川本、おまえ、おれに愛想つかしたんやなかったんか?」


ミツキは頭をかいた。


「ごめん、あのときはちょっとカッとなってたんよ。確かに、麻見君のはっきりとしない態度にはいらだったわ。でもあとでよく考えたら、気が変わったんよ」ミツキは照れ笑いを浮かべた。「麻見君は、もうどうしようもないくらい、やさしいひとなんよね。だから、藤沢先輩を傷付けるのが嫌で、はっきりとした態度をとれんかった。でも、最近思いだしたんよ。わたしは、麻見君の、そういうどうしようもないくらいやさしいところに惚れたんやって」


「そんなん、なんもかっこよくないわ。おれが、藤沢先輩にぶち切れてでも、しっかりと言い切らんかったから、川本に、こんなことさせて。くそ、おれ、だっせえ」


「そんなことない」ミツキははっきりと言い返した。「わたしは麻見君はかっこええと思うよ。やさしさを、本当につらぬくのって、めっちゃ大変なんやから。自分勝手にキレて暴れるほうが全然ラクなんやから。わたしは麻見君を尊敬してる」


「そんなん」


洋平は顔を赤くして下を向いた。





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