トイレキッス
「缶コーヒーのひと?」仁さんが首をかしげた。「なんや、川本、こいつと知り合いなんか?」
「はい、文化祭でちょっとあったんです」
「ほう、そうなんか」
仁さんは、ミツキに洋平を紹介し、洋平が入部することを伝えた。ミツキは、そうなんや、よろしく、と言って笑った。彼女目当てで入部したことをかんづかれて、ひかれやしないかと心配したが、そんな様子はなかった。
「よし、じゃあ、こいつらもふくめて、練習再開するで」
仁さんが大声をあげると、部員達はふたたびならびはじめた。
「あ、すいません。ちょっと待ってください」
洋平がそれを止めた。仁さんがふりむいて聞く。
「何ぞ?」
「あの、おれ役者じゃなくて裏方をやりたいんです」
「裏方?」
「はい」
洋平は、どちらかというと内気な性格なので、演技なんてものはとてもできそうになかった。しかし、手先の器用さには自信があるから、大道具や小道具を作る裏方なら、自分にもできると思ったのだ。
仁さんは不満そうな顔をした。
「ほうか、できれば男が少ない役者をやってほしいんやけどのう。まあ、本人の希望なら、しゃあないわ。そういうことなら、君に練習は必要ないの」後ろを向いた。「おい、藤沢」
さっきの眼鏡の女生徒が何?と返事をした。
「よかったの、助手ができたで」洋平の方に向き直る。「あいつは二年の藤沢美緒。副部長と裏方をやっとるけん、あいつにいろいろと教えてもらえ」
そう言うと仁さんは、部員達の列に加わり、皆と共に、発声練習の続きをはじめた。