トイレキッス
「えっと、麻見洋平君、だっけ?」
藤沢は、洋平の前に歩みよった。
「はい」
「裏方希望者なんてめずらしいなあ。わたしと君以外は、みんな役者なんやで」
「そうなんですか」
「とりあえず、活動時間は放課後の五時から七時まで。土曜日は昼一時から六時まで」
「役者のひと達は練習ですよな。裏方は何やるんですか?」
「何もしやせん。毎日ぼけえっとみんなの練習見てるだけ。だから、別にさぼってもええと思うよ。そのかわり、舞台発表する直前はめっちゃせわしなるけん、そん時は気合いれててな」
「はい」
そのあと、藤沢と共に、部員達の練習をながめた。洋平は、主にミツキばかりを見つめた。あまりあからさまに視線を向けていると、いやらしいと思われそうなので、時々他の部員のほうに目をそらした。たまに目があうと、得をした気分になった。
「何にやけてるん?」
藤沢がけげんそうに洋平の顔をのぞきこんだ。
「あっ、いや、思い出し笑いです」
あわてて顔をひきしめる。
ふと思い出して、洋平は聞いた。
「あの、淵上さんってひとは、練習に参加しないんですか?」
「あれ?なんで淵上さんを知ってるん?」
「さっき部室で会ったんです。ソファに寝てましたけど、体調悪いんですか?」
藤沢は、苦笑しながら、首を横にふった。
「淵上さんはね、台本担当なんよ」
「台本担当?」
「そう。うちの部の劇の台本は、みんな淵上さんが書いてるんよ。毎日部室のソファに寝転んで、放課後ずっと台本のアイデア考えてる。本人が言うには、ああしてると、頭の回転が速くなるんやって」
「へえ」
部員達は、パントマイムの練習を始めていた。食事の動作を演じているらしい。三十人ほどの部員がいっせいに何もない空間をつかみ、それを口に入れている光景は、見ていておかしかった。