トイレキッス
ことの次第はこうだ。
今日の放課後、洋平はいつもより早めに部室へ行った。
中に入ると、ミツキがすでに来ていて、窓際で雑誌を読んでいた。
洋平は緊張した。しかしそれを隠すよう、やや明るい声で話しかけた。
「川本さん、今日は早いんやね」
「うん、六限目の授業がすぐに終わったけん」
そのあと、二人でしばらくの間、とりとめのないことを話した。
入部したばかりの頃は、恥ずかしくて声をかけることすらできなかったが、いまはこうして雑談できるくらいにはなった。心臓の鼓動はあいかわらず速いが。
ふと、思いついたかのように、ミツキが言った。
「麻見君ってさ、演劇部に入ったってことは、やっぱり芝居が好きなん?」
「うん、まあ、それなりに」
本当はたいして興味がない。
「だったらさ、あさっての日曜日、わたしん家においでや。面白い芝居のビデオ見せたげるわ」
「え?」
洋平は目を丸くした。
「麻見君、日曜日、あいてる?」
「あ、うん」少し口ごもる「あいてるけど」
「それじゃあ、決まりやね。来てくれるやろ?」
「うん」
素早い話の展開にとまどいながらも、なんとかうなずいた。
二人は、待ち合わせの時間と場所を話しあった。そして、日曜日の朝十一時に、神社の前で待ち合わせることにした。