トイレキッス


やがて、他の部員達もやってきて、その日の練習が始まった。


屋上で発声練習をする部員達をながめながら、洋平は頭の中でえらいことになったと大声をあげた。なんだか落ちつかなくなり、意味もなく手をにぎったりひらいたりした。まわりに誰もいなかったら、おそらく、わーっと叫びながら走りだしていただろう。それくらい動揺していた。


女の子の家に遊びに行く。


それも、惚れた女の子の家に。


そういう経験のない洋平の人生にとって、それは革命的な大事件であった。


藤沢が心配そうに声をかけてきた。


「麻見君、なんか様子がおかしいで。どうかしたん?」


「いや、別に、なんでも、ないですよ」


「なんか息が荒いで。風邪ひいたんとちゃう?」


「大丈夫、大丈夫ですよ。ほら、このとおり」


洋平はその場で、くねくねと踊ってみせた。藤沢は、ますます心配そうな顔つきになった。




練習が終わったあと、洋平は三田村を便所にひっぱりこんで、この出来事を興奮しながら語った。三田村には、ミツキのことを何度か相談したことがあったのだ。


「ほう、よかったやないか」


三田村が素直にそう言ってくれたので、洋平はますます有頂天になった。


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