トイレキッス
「何やっとんで、おまえ?」
返答はない。
しばらくの間、互いにだまりこんだ。奇妙な沈黙が、ふたりの間を流れた。
三田村は、混乱する頭を落ち着かせて、なんとか口をひらいた。
「とりあえず、どけ」
淵上は、あわてて三田村からはなれた。部屋の電灯をつけると、ふたりは向かいあって座った。三田村は聞いた。
「何しに来たん?」
淵上は口をとざしたまま、うつむいていた。三田村と、目をあわそうとしない。
「何しに来たんで?」
いらついた口調でくりかえすと、淵上はぽつぽつとしゃべりはじめた。しかし声が小さくて、何と言っているのかがよくわからない。三田村は胸の中で舌打ちをもらした。しかし、もっと大きな声で話せなんて言うと、また口をとざしかねない様子なので、だまって耳をすますことにした。
「麻見君が」と「そのとおりにした」という言葉だけなんとか聞きとれたが、それ以外はまったく耳に届かなかった。
話終えると、淵上は、はっきりとした声で、
「ごめん」
と言って頭をさげた。
すまんけど、それくらいの声で、もう一度最初から話してくれ。
三田村が、できるだけやさしい声でそう言おうとしたとき、淵上は突然立ち上がった。そしてもう一度頭をさげてから、窓にむかって走りだした。
「おい、ちょっと待て」
あわてて呼び止めたが、淵上はそれを無視して窓から飛びおりた。
「ここ二階やぞ」
三田村が窓に駆けより、外に顔だけ出すと、塀を乗り越える淵上の姿が目にはいった。道路に着地すると、淵上はすごいいきおいで走り去っていった。三田村は、ぼうぜんとしながらそれを見送った。