トイレキッス
「間に合ったって何が?」
「いやね、わたし、演劇部の部員なんやけどね、今日の舞台発表で、王様の役で出演するんよ」
だからそんな格好をしていたのか。
洋平は納得した。
「女子が王様をやるんか」
「男子部員が少ししかおらんけん、足りない男役が女子部員にまわってくるんよ」
「へえ」
「わたしね、今回が初めての舞台出演やったけん、昨日緊張してて、なかなか眠れんかったんよ」
「もしかして、寝坊したん?」
「うん」少女はうつむいた。「朝起きて、時計見た瞬間、心臓が止まったわ。それであわてて衣装に着替えて、学校まで全力で走ってきたんよ」
「・・・・・・こっちについてから着替えればええのに」
「・・・・・・混乱しとったんよ」
「それじゃあ、家から学校まで、ずっと王様の格好で走ってきたんか」
「うん、必死だったから、あんまり恥ずかしくなかった」
洋平は、田んぼ道を全力疾走する王様の姿を想像してみた。
シュールやな、と思った。