トイレキッス
ふたりが頭をかかえていると、店のおばさんがまた話しかけてきた。
「ここから少しはなれた所に民宿があるけど」
洋平は身をのりだした。
「ホンマですか?」
「うん、海沿いの道をあっちにむかってまっすぐ行けば、十分くらいで見えてくるけん」
ふたりはおばさんに礼を言うと、コーヒーを一杯飲んでから店を出た。
それから近くの電話ボックスにはいって、互いの家族に島で一泊することを伝えた。
そのあと、吹雪の中を身を縮めて走りだした。
民宿はすぐに見つかった。
そこは三階建ての大きな家屋で、三階の壁に『民宿かわの』という看板がとりつけられていた。
格子戸を開けて中にはいると、玄関で十歳くらいの少年が靴を履こうとしていた。きょとんとする少年にむかって洋平はやさしくたずねた。
「あのさ、今日、ここに泊まりたいんやけど、お父さんかお母さんはおるかな?」
少年はうなずくと、家の奥にむかって大声をあげた。
「父ちゃん、お客さん」
すると、奥からエプロンをつけた中年男性が小走りでやってきた。彼がこの民宿の主人らしい。
「や、いらっしゃい。えっと、二名様?」
「はい」
洋平はうなずいた。
「何日のお泊まりで?」
「一泊二日でお願いします」
宿泊料金を払ったあと、ふたりは二階の客部屋に案内された。
部屋のカーテンを開けながら、主人は食事と風呂の時間を告げた。
窓の外の雪景色を見ながら、ミツキが聞いた。
「わたし達の他にお客さんはいるんですか?」
主人は首を横にふった。
「今日は君達だけよ。このへんには釣りの穴場がたくさんあってね、普段は釣り客が結構来てくれるんやけどね、この雪じゃねえ」