トイレキッス
洋平は早めに家に帰って、台本を読み返しながら舞台設計の図案を練った。
藤沢に与えられた注意を何度も反芻しながら、大学ノートに少しずつ図案を描いてゆく。
翌日の放課後、できあがった図案を部室で藤沢に見せた。藤沢はゆっくりとそれを見ると、顔付きをけわしくして言った。
「やりなおして」
「え?」
「この図案つまらんわ。これやったら、前にボツにしたやつのほうが、まだましよ」
突き返された図案を手にとりながら、洋平は藤沢をにらんだ。
「どこが、いけないんですか?」つい声が荒くなる。「ちゃんと藤沢先輩の注意にしたがって描いてあるはずです」
「そこがいけないんよ」さらりと言いかえされた。「今度はわたしの注意に縛られすぎてるんよ。麻見君、わたしにOKもらうために、無難にまとめようとしたやろ?それじゃあいかんわ。そんなつまらん図案をもとにした大道具なんて、わたし、作りとうない」
洋平は、反論できなかった。
まったく藤沢の言う通りだった。前のボツにされたときのような憂鬱感を味わいたくないがために、こうしておけば大丈夫だろうというような、やや投げやりな描き方をしてしまっていた。
「まだ本番の日まで充分時間あるけん、少し遅くなっても大丈夫やから、ええもん描いてきてな」
「はい」
洋平は、肩を落としながら部室を出た。