トイレキッス
淵上の家は、海の側の住宅地にあった。塗装がまだ新しい、洋風の家だ。玄関前に立つと、かすかにペンキの臭いがした。
呼び鈴を鳴らすと、ひとりのお婆さんがドアから顔をのぞかせた。仁さんを見ると、お婆さんはやさしい笑みをうかべた。
「おお、高橋さんとこの、仁ちゃんやないかい」
「ご無沙汰してます」
仁さんは頭をさげた。
「恭子に用かね?」
「はい」
「ああ、ごめんね。いまあの娘、体調が悪いって言って部屋で寝てるんよ」
「仮病ですね」
仁さんはさらりと言った。お婆さんは、苦笑してあっさりとうなずく。
「そうなんよね。お医者さんは何ともないって言うとるのに、気分が悪い、学校休む言うて聞かんのよ」
「彼女と話をしたいんですけど、あがってもいいですか?」
お婆さんは少し考えてから言った。
「ええけど、あの娘、いまぴりぴりしてるけん、部屋に入ったら、本とかぶつけられるかもしれんで」
「気をつけます」
「そっちの子は?」
お婆さんは洋平を見た。洋平はていねいに自己紹介をした。
淵上の両親は家にいなかった。共働きで、ふたりとも休日出勤で仕事にでかけているのだそうだ。
家にはいった洋平と仁さんは、淵上の部屋の前まで来た。仁さんがドアをノックした。返事はない。
「はいるで」
仁さんはドアを開けて、部屋の中に足を踏み入れた。洋平もそれにつづく。