アンコクマイマイと炎の剣士
「お客人。
ロゼル殿じゃったかの?
お前さんはこの雨に興味をお持ちのようじゃが、調べたところで無駄じゃと思うぞ。
昔…雨が降り出して半年目ぐらいの頃に、国の偉い方がやってきて、それはそれは熱心に調査なさっておったが、結局は何もわからず仕舞いじゃったからな。
ああ。
答えが見つからなかったことが、偉い方の名誉とやらを傷つけたのか、そのまま国にも見捨てられてしもうた。
こんな腐れた町を顧みるモンなど、もはや居ろうはずもない。
この町は、まるでこのわしそのものじゃ」

「おじいちゃん!」

孫娘が祖父に駆け寄り、両手を握り、しかしその先に紡げる言葉もなくて、ただうつむく。


「んっんーっ!」

湿気た空気を嫌うように、食堂の隅…
ロゼルから最大限に距離を取った隅っこの席に、チョコンと座った銀髪の少女が、わざとらしく咳払いをした。

「おお、これは失敬したのう、お嬢さん。
聞いて楽しい話ではなかったのう。

ところで…」


と、老人は、手元の形ばかりの宿帳をチラリと確認し…

「スリサズ殿は、本当にロゼル殿のお連れではないんですかのう?
客そのものが滅多に来んのに、同じ日にいらした二人が無関係というのはどうにも…」

「…同業者だ」
「商売敵よ」

二人同時に答えた。



スリサズ…

古の言葉で氷の巨人を意味する名を持つ十四歳の少女の声は、本来ならば高く透き通っているのだが、今は口いっぱいに頬張ったチキンソテーのためにモゴモゴしていた。

年の割には低い背丈に、いかにも柔らかそうな頬…

だが…

旅慣れた衣服を飾る魔術の紋と、ロゼルの剣のごとく携えた樫の杖が、彼女がただの子供ではないことを強調していた。


ロゼル、スリサズ、元町長と、その孫娘。

この四人の他には、宿にも町にも人は居ない。


スリサズが、チキンソテーを飲み下す。

「この雨は、森に住み着いた魔物の仕業よ。
天候を操る力を持つ、その名もアンコクマイマイ!
そいつを倒せば雨はやむわ。
でもただのお役人なんかじゃ相手を見つけることさえできないだろうし、仮に出逢っても返り討ちでしょうね。
魔法を使える人が行かないとダメ。
それも、あたしみたいな飛びっきりの魔道師でないと!」

「なんと!
それではまさかお前さんが…」

「ええ、ちょちょいっと退治してあげるわ」

目を輝かす老人と、その横で不安げにする孫娘に向け、スリサズは得意気に胸を張る。
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