胸が締め付けられるほど「好き」
1人勝ち
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「乾杯、本当にお疲れ様でしたー!!」
「お疲れ様でした」
「ありがとう、ありがとうございます」
この時ほど、心底本気で「お疲れ様」と思ったことはない。
「……短い間でしたけど、本当にみなさん良くしてくださって……」
「まあまあ」
涙する菅野に辺りはしんみりとしてしながらも、
「私のことはたまに思い出してくれるよなっ」
部長の自信たっぷりの本気の言葉に一同は和やかな雰囲気を取り戻す。
予期することもできなかった突然の菅野の退職は、約一か月前に決定したことであった。しかも表向きの理由は、実家の親の容体が悪く、田舎に引っ越すということ。
いや、裏があるのかどうかは知らないが、とにかく退社するのならば後のことは何でもいい。
本日、そのまさかの送別会に夏目以外の部員全員が参加していた。
夏目が参加していない理由は知らないが、あまり期待していない社員の送別会なんてどうでも良いのだろう。それが、ここで明らかになったといえる。
時代の風は、完全にこちらを向いたと言ってもいい。
これで、セミナーの論文で賞を取りさえすれば、2人きりの食事、その後の告白、それからそれから、果ては結婚までいけるかもしれない。
邪魔者は完全に消え失せた。
鬱陶しい社員はこれでいなくなり、ようやく欲しかった物が手に入る。
「今日随分飲んでません?」
いつもの席順の隣で野原が慣れ慣れしく話しかけてくる。
「……、私菅野さんにいつもお世話になってたから、想い入っちゃってるのかも」
言いながらカクテルグラスを傾けた。
部長の隣で、淡いピンク色のハンカチを濡らす菅野は笑ってはいるが、夏目がいないことを内心辛く思っていることだろう。心を入れて仕事をしない奴の送別会など興味がないというのが夏目の今までのスタンスなら、確かに頷ける。
「…………」
野原君、チャンスかも、と村上の小声が聞こえたような気がしたがねそれがどんなチャンスでも、今の自分には何も関係がない。
「こ、この後の二次会どうします?」
相模の返事を待つ前に素早く村上が、
「どこ行きます? でしょ!」
激しく突っ込むがもうどうでもいい。
「うーん、私、帰る。セミナーの論文も仕上げないといけないし」
目の前の論文が鍵になる。そう考えると、手を着けずにはいられなかった。
「でもなんか、いい感じに酔ってません?」
野原の押しもさらりとかわし、
「でもこれ以上酔うと明日に響くから」
「…………」
隣からの熱い視線を感じた。いや、ずっと前から感じていた。その度に、都合の良い笑顔だけを見せて曖昧に流し、夏目がダメだった時のキープとして考えていたが今はもうそんな物はいらない。
「相当酔ってるね。しかも気分良さそうに」
視線で言葉を投げかけてくる半笑いの村上と目が合った。
相模はもちろんそれに、視線で返す。
「うん、いい感じに」
だが、あまり笑顔でいると不審に思われるといけない。
相模はひらりと立ち上がって舞い踊りたい気持ちを必死で抑え、1人笑みを隠しながら送別会がお開きになるのをただゆっくりと待った。