付喪狩り


予想外の物の声に、陸はとまどった。
割り箸。
そんなものが、人間を殺したというのか。
数からして、おそらく五十本以上で袋詰めにされた割り箸セットのようなものを、林は持っていたのだろう。それが、突然襲いかかってきたのだ。そして五十本の割り箸に全身のあらゆるところを突き刺され、体内をかきまわされたのだ。
その痛みを想像して、陸は顔をしかめた。


ふと、宙に浮かぶ割り箸の中の三本が、先をこちらに向けていることに気がついた。
嫌な予感がして、とっさに横に飛びのいた。
同時に、激しく鈍い音が、三度。
ふりかえると、さっきまで自分がいた場所の後にある、ステンレスの流し場に、三本の割り箸が深々と刺さっていた。
危険を感じて、あわてて立ち上がった。しかし、そのまま動けなくなった。
さっきまで目の前に浮かんでいたはずの割り箸の群れが、いつの間にか周囲を取り囲んでいた。
「何なんだ、こいつら」
割り箸のひとつひとつが、すっと陸の方を向いた。
たくさんの血の雫が、畳にぽたぽたと滴り落ちる。


「てえ」
「てえてえてえ」
「ててて」
「てててえてえてえ」
「てえて」
「てえてえて」


あの声が、重複して聞こえてくる。
殺意のこもった、割り箸の叫び声。
陸は思わず耳をふさいだ。しかし無駄だった。物の声は、直に頭の中に響いてくるのだ。殺意が、陸の脳内をかきみだす。
激しい吐き気をもよおして、陸は小さくうめいた。


そのとき、急に割り箸の声が高まった。

来る。

陸は目をつぶって、体をこわばらせた。



しかし、覚悟していた痛みは襲ってこなかった。
代わりに、少し風が吹いたかと思うと、かすかに木のきしむ音が前から聞こえた。

何か、気配があった。

陸はそっと目を開いた。そして、ゆっくりと眉をよせた。

目の前に、ひとりの少女が背を向けて立っていた。

長い黒髪の、背が高い少女だった。白いブラウスに、黒いスカートを身につけている。
彼女がいつ部屋に入ってきたのか、まったくわからなかった。
玄関を見ると、ドアが壊されていた。もげかけたドアノブが、だらりと垂れ下がっている。
陸は、少女に目を戻し、そして気がついた。


さっきまで宙に浮かんでいたはずの割り箸の群れが、すべて消えてなくなっている。



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