付喪狩り
ノートの話
蹴られた。
行人は椅子から転げ落ちた。
教室のざわめきが一瞬静まった。しかし倒れたのが行人だとわかると、生徒達は何もなかったかのように、また騒ぎはじめた。
彼等にとって、昼休みに行人が蹴り倒されるのは、日常の光景であった。
「おう、悪い悪い」
田倉信次は、わざと蹴ったくせに、そう言ってすまなそうに頭をさげた。
行人は無言でうなずいて立ち上がり、椅子を立て直して座ろうとした。
すると、その椅子がさっと後ろに引かれて、行人は床に尻餅をついた。
「だっせえ」
田倉は椅子を持ったまま、下品な笑い声をあげた。
頬が熱くなるのを感じながら、行人は歯を食いしばった。にらみつけようとして顔をあげたが、田倉の高校生離れした大きな体を見て、すぐにその気合いはしぼんでしまう。
悔しさをおさえるために、頭の中でいつもの言葉を唱える。
石になれ。石になれ。石の心になればいい。石は怒りを感じない。石は屈辱を感じない。こんなことは何でもない。
大丈夫。
ぼくには黒色ノートがある。
ぼくには黒色ノートがある。
田倉が怒鳴った。
「てめえ、何笑ってんだこら」
また蹴られた。今度はつま先で腹を思い切りだ。
行人は、激しくえずいた。よだれが少し、床に垂れる。