付喪狩り
情けない行為だとは、自覚していた。
こんな自分の弱さに、毎日嫌気を感じている。
しかし、ノートに文章をつづっているときだけは、不思議と自己嫌悪もなくなり、楽になることができるのだ。
まるでノートが、負の感情をすべて吸い取ってくれているかのようだった。
行人はこのノートを、心の中で黒色ノートと名付けていた。そして毎日放課後、図書館に通って、たまった黒い怒りをこのノートにたたきつけた。そうすることで、田倉にいじめられる学校生活を、どうにか耐えぬいてきたのだ。いじめに耐えられなくて自殺するよりかは、前向きな行為だろうと考えていた。
田倉の全身を切り刻み、ハサミを右目に突きたてたところで、行人は文章を終えた。
今日もすっきりした。手にかいた汗で、ボールペンがじっとりと濡れている。
窓を見ると、外はすっかり暗くなっていた。まわりの席には誰もいない。もうすぐ閉館時間だ。
行人はため息をついて、ノートを学生鞄にしまった。


「そのノート、何?」


突然、後ろから声をかけられた。
驚いてふりむくと、奥の方にある本棚の横に、ひとりの少年が立っていた。
おそらく行人と同じくらいの年齢の少年だ。赤い長袖のシャツと、黒いズボンを身につけている。
「そのノート、何なの?」
細い目で、こちらをにらむ。
行人が黙っていると、少年は奇妙な言葉を続けた。
「変な声がするんだよ、そのノート。あんた、どういう使い方をしているの?」
行人は顔をこわばらせた。
こいつ、黒色ノートのことを知っているのか?
いや、そんなわけがない。ノートの中身が人目に触れないよう、いつも細心の注意をはらってきたはずだ。こんな初対面の人間に、知られるはずがない。
「まあ、いいんだけどね。声に殺意は無いようだし。でも、あんた、そのノートには気をつけたほうがいいよ」
そう言い残して、その少年は去っていた。
遠ざかる足音が、静かな館内に響く。
行人は、何か不気味なものを感じながら、それを見送った。


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