付喪狩り


無人の自転車が、ひとりでにペダルを回しながら、まっすぐ走っていたのだ。


汚い自転車だった。車体の所々に、赤茶色の錆が浮いていた。子供用らしく、後ろに補助輪がついていた。前輪が少し曲がっており、そのせいで左右に危なっかしくゆれていた。


突然、速さをあげて、自転車は警官のひとりにむかって飛びかかってきた。おどろきのあまりに呆然としていたその警官は、あっさりと押し倒された。
空気を削るような音が響いた。
自転車の前輪が、まるで電動鋸のように激しく回転していた。
その前輪が、倒された警官の鼻に押しつけられた。
摩擦で皮膚が裂け、肉が飛び散り、血がはじけた。
悲鳴があたりにこだました。
それを聞きつけ、急いで集まってきた他の警官達は、その光景を見てあぜんとした。



数時間後、その自転車は捕獲され、野犬用の檻に入れられた。最初に襲われた警官は、鼻を削りとられていた。他にも数人が重傷を負い、病院に運ばれた。


調査により、いままでの被害者の傷についていた黒いゴムの滓が、自転車のタイヤのゴムと同じものであることが確認された。


警察は、この異様な自転車が、事件の犯人、いや、原因であると結論づけた。


数日後、檻の中で暴れる自転車の姿が、テレビのニュースで全国に放映された。


日本中の人々が衝撃を受けた。


自転車の車体に貼られた名札シールから、持ち主が特定できた。
持ち主は、事件の現場から1キロ程離れた家に住んでいた。小学1年生の男の子だった。
彼は1ヶ月前、交通事故で亡くなっていた。
自転車に乗って、公園に向かう途中、トラックにはねられたのだという。
交通事故が起きたのは、自転車による殺人現場のすぐ近くだった。
両親の話によると、事故のあと、自転車は、粗大ゴミに出したはずだったという。
生前、男の子は、自転車を友達のように大事にしていたという。
このことが、自転車がひとりでに動き、人を殺したことと関係があるのかどうかはわからない。
しかし、人々は、この事実から、勝手な物語をいろいろと想像した。




被害者の家族の希望により、その自転車は、一応死刑という形で破壊された。





< 6 / 94 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop