「視えるんです」
本田先輩は……多分、視えているんだ。
私の知らない“何か”を、視ているんだ……。
「あ、あのっ……」
歩き出した先輩を、声で呼び止める。
呼び止めた、けれど……何も言葉は用意していなかった。
どうすればいいのか、なんて言えばいいのか……頭の中は真っ白で、結局言葉は何も出ない。
「あ、の……」
「全部嘘」
「……え?」
「あとの話は全部嘘。 鏡だけ、気をつけて」
にっこりと笑う本田先輩は、ひらひらと手を振り、廊下を進んでいく。
鏡だけ……鏡の話は、ホンモノ……。
「あぁそうだ、南沢さん」
「は、はいっ……」
「今の話、他言無用で。 面白がる奴が出ると、色々マズいから」
「……はい!!」
遊びで触れてはいけないもの。
ホンモノだから、人に知られてはマズい。
鏡のことも、それを話した先輩が『視える人』だということも……他人には話してはいけない。
十分理解した。 とまではいかないけれど……『話してはいけない』と漠然と思うのは、多分そういうことなんだろう。
触れてはいけないもの。
私のような普通の人間は、関わってはいけないもの。
……でも私は、本田先輩と知り合ってしまった。
そして彼の『秘密』を、知ってしまった……。
「……」
階段の上から、踊り場の鏡の方を見つめる。
……さっきのあの、変な感じ……。
もしかしたら私は、踏み込んではいけない域に踏み込んでしまったのかもしれない。
そんなことをぼんやりと思いながら、たくさんの人が行き来する階段を、ゆっくりと下り始めた。