実は彼、ユーレイでして。
部活動にいそしむ生徒たちのランニングの掛け声がこだまする、夕暮れ時の屋上。
周りをぐるりと見渡す。
「…雫?」
さっきまであたしを慰めてくれていた、そして出会ってからずっとあたしの周りを付きまとっていた雫の姿が、見当たらない。
「憑き物と一緒に落ちちゃったかな?」
「コラ、もーちょっと心配したらどうなん、唯?」
真上から不満げな声。
「よく眠れましたかね、お姫さま」
雫が腕と足をを組んだ状態で、空気の上に座っている。
「どっか行ってたの?」
「あァ、ちょっと野暮用。あんパン持ってる?」
「はい」
「サンキュー」
朝コンビニで買っておいたあんパン入りのビニル袋をキャッチすると、雫は満足そうに袋から好物のあんパンを取り出す。
「さっきのヤツは?」
「部活の後輩。あたしを探しに来たんだって」
「そりゃまた、おモテになりますな、ウチのお姫さまは」
「ないない。おおかたコーチに押し付けられたんでしょ。大会前で、手が空いてるのは1年生だけ。それに大地はあたしが教育係だったからね」
「大会前って。唯は練習しなくていいのかよ」
「あー。あたしレギュラーじゃないし。1年のとき一人暮らしの事情話したらなんか色々察せられたみたいで、自由参加でいいって言われた」
「色々あったんだなァ、唯も」
そう言ってあんパンを頬張る雫。それを見てたら、なんだかあたしまでお腹が減ってきた。
「帰ろっか、雫」
「ん、りょーかい」
あたしが立ち上がったと同時に、雫はひゅうっと地面に降りて、あたしの隣に着地した。
雫の穏やかな笑みを湛(タタ)えた横顔に、胸の奥底で小さな鼓動がドクンと音を立てる。
「ありがと、雫」
「なにが?」
「イヤ、なんか、色々」
「そう思うなら美味しい晩ごはん作ってよ」
相変わらず能天気な返答。軽薄にもとれる軽い口調も、今回はなんとなく、イヤな気分がしなかった。
「いいよ、なに食べたい?」
「ハンバーグ」
「えぇ~、めんどくさァ」
「オイ!聞いといてそりゃないんじゃない!?」
「ウソウソ。合挽き肉あったかな…」
「挽き肉あったよ、冷凍庫に」
「アレ牛肉じゃなかった?」
「合挽きって書いてあった」
「雫ってそーゆーとこしっかりしてるよね」
「光栄ですな」
「褒めてないから」
所帯じみた会話をユーレイと交わしながら、屋上を後にする。
「雫さァ」
「なによ」
「ちゃんと護ってよ、なんかあったら」
「守護霊に向かってなんてこと言うんだオマエは」
「なんか不安なんだよなァ、雫みてると」
「能あるタカはなんたらってね」
「あっそう」
「興味ないなら聞かんといてくれます?傷付くんで!」
「アハハ。冗談だって。頼りにしてるよ、雫」
「少なくとも食費分はちゃんと働くさ」
「だから美味しいご飯作れって?」
「メシ抜きの脅しはやめてくれってコト」
「実際抜いたコトないでしょーが」
「脅しにリアリティーがあって怖いんだってば!」
「聞き分けがないユーレイに作るご飯はありません」
「ホラ!その顔絶対マジだもん!」
校舎の階段を下りながら、会話は続く。
あたしの「ありがとう」を軽く流したのは、紛れもない雫の優しさ。
それに、また甘えてしまったのは、あたしの弱さだ。
雫があたしの前に現れてから、あたしの日常にさしたる変化はないけれど。
あたしの心の内側は驚くほど劇的に、変わってくれた。
それは間違いなく雫のおかげで。
だから、雫のバイト期間が終わる前までに、「ありがとう」に代わる何かを、雫にしてあげられたら。
そんなふうに考えながら、あたしは雫の横顔を眺め、クスリと笑った。
「ん、なんぞ?」
「なんでもありませぇん」
周りをぐるりと見渡す。
「…雫?」
さっきまであたしを慰めてくれていた、そして出会ってからずっとあたしの周りを付きまとっていた雫の姿が、見当たらない。
「憑き物と一緒に落ちちゃったかな?」
「コラ、もーちょっと心配したらどうなん、唯?」
真上から不満げな声。
「よく眠れましたかね、お姫さま」
雫が腕と足をを組んだ状態で、空気の上に座っている。
「どっか行ってたの?」
「あァ、ちょっと野暮用。あんパン持ってる?」
「はい」
「サンキュー」
朝コンビニで買っておいたあんパン入りのビニル袋をキャッチすると、雫は満足そうに袋から好物のあんパンを取り出す。
「さっきのヤツは?」
「部活の後輩。あたしを探しに来たんだって」
「そりゃまた、おモテになりますな、ウチのお姫さまは」
「ないない。おおかたコーチに押し付けられたんでしょ。大会前で、手が空いてるのは1年生だけ。それに大地はあたしが教育係だったからね」
「大会前って。唯は練習しなくていいのかよ」
「あー。あたしレギュラーじゃないし。1年のとき一人暮らしの事情話したらなんか色々察せられたみたいで、自由参加でいいって言われた」
「色々あったんだなァ、唯も」
そう言ってあんパンを頬張る雫。それを見てたら、なんだかあたしまでお腹が減ってきた。
「帰ろっか、雫」
「ん、りょーかい」
あたしが立ち上がったと同時に、雫はひゅうっと地面に降りて、あたしの隣に着地した。
雫の穏やかな笑みを湛(タタ)えた横顔に、胸の奥底で小さな鼓動がドクンと音を立てる。
「ありがと、雫」
「なにが?」
「イヤ、なんか、色々」
「そう思うなら美味しい晩ごはん作ってよ」
相変わらず能天気な返答。軽薄にもとれる軽い口調も、今回はなんとなく、イヤな気分がしなかった。
「いいよ、なに食べたい?」
「ハンバーグ」
「えぇ~、めんどくさァ」
「オイ!聞いといてそりゃないんじゃない!?」
「ウソウソ。合挽き肉あったかな…」
「挽き肉あったよ、冷凍庫に」
「アレ牛肉じゃなかった?」
「合挽きって書いてあった」
「雫ってそーゆーとこしっかりしてるよね」
「光栄ですな」
「褒めてないから」
所帯じみた会話をユーレイと交わしながら、屋上を後にする。
「雫さァ」
「なによ」
「ちゃんと護ってよ、なんかあったら」
「守護霊に向かってなんてこと言うんだオマエは」
「なんか不安なんだよなァ、雫みてると」
「能あるタカはなんたらってね」
「あっそう」
「興味ないなら聞かんといてくれます?傷付くんで!」
「アハハ。冗談だって。頼りにしてるよ、雫」
「少なくとも食費分はちゃんと働くさ」
「だから美味しいご飯作れって?」
「メシ抜きの脅しはやめてくれってコト」
「実際抜いたコトないでしょーが」
「脅しにリアリティーがあって怖いんだってば!」
「聞き分けがないユーレイに作るご飯はありません」
「ホラ!その顔絶対マジだもん!」
校舎の階段を下りながら、会話は続く。
あたしの「ありがとう」を軽く流したのは、紛れもない雫の優しさ。
それに、また甘えてしまったのは、あたしの弱さだ。
雫があたしの前に現れてから、あたしの日常にさしたる変化はないけれど。
あたしの心の内側は驚くほど劇的に、変わってくれた。
それは間違いなく雫のおかげで。
だから、雫のバイト期間が終わる前までに、「ありがとう」に代わる何かを、雫にしてあげられたら。
そんなふうに考えながら、あたしは雫の横顔を眺め、クスリと笑った。
「ん、なんぞ?」
「なんでもありませぇん」