実は彼、ユーレイでして。
「立ち止まって窓眺めるとか、傷心?」




購買で買ってきたらしいイチゴクリームパンをかじりながらこっちを笑っているのは1年の時からつるんでる友達、ミユナ。





「そのパン甘すぎない?あたし苦手だなー」

「アタシの質問無視すんなよ」

「からかいたいのが伝わってきたから」

「冷たいねぇ、我が親友は」





それを見てケラケラ笑っているのは陸上部のチームメイト、ユリとモッチ。





「クールビューティーだよね、唯にゃん」

明るくて小さい方がユリ。




「それ使い方ちがくない?」


気持ち落ち着いてる大きい方がモッチだ。





「サクラバと仲良くしてるじゃん?どーよ実際のトコロ」

「ナイナイ。あたしクールなヒト苦手だし」




ミユナの質問を軽くあしらって、お弁当の箱を開ける。





「ほぉっ、今日もまた豪華ですなぁ、唯にゃん」

出来合いのお弁当に大袈裟に驚いて見せるユリ。




「それ朝ごはんと別に作ってんの?」

コーヒー牛乳のパックから伸びるストローを左手でいじりながら、モッチがあたしのお弁当を覗き込んで言った。




「そーだけど」

「へぇ。どれどれ」





モッチが玉子焼きをひとつひょいっと奪い、口に入れる。





「ん、おいしい」

「そりゃどーも」





「わたしもちょうだぁい」

「お!アタシもアタシも!唐揚げくれ」

「それ冷凍食品だから誰が作っても一緒だよ」





こうやって、お弁当のおかずを取られるのも、いつものコト。いつも少し多めに作ってくるので問題はないけれど。





「んー、美味しい、唐揚げ!」

「うまい!ユイ天才か!」

「唐揚げ褒められても嬉しくありません」





日常のひとコマを、楽しむ。





そんな余裕、今まであんまりなかった。





「サクラバも病弱な小娘追っかけてないでユイにすりゃいいのになァ、フシアナ野郎め」

「ヒトの彼女バカにしない」





「唯にゃん彼氏作んないのー?」

「作んないんじゃないの。出来ないの。悲しくなるからやめて」





「優良中小企業なのに、なんでだろね」

「モッチ、それ褒めてない」






バカ言って笑い合うこんな日常を、適当に過ごして来たんだなぁって、今はそう思う。





なんだか、屋上で大泣きしたあの日から、ずいぶん考えるコトが増えた。





日常を見つめ直す時間が増えた。





「そういえば、唯にゃん最近部活マジメに来てるよねぇ」

「ようやく本気になったの?」

「家事に慣れたからって言ったじゃん。藍と大地にも怒られたし」





「あー、藍にゃんて唯にゃんの大ファンだもんね」

「尊敬する先輩がサボり魔だったら、私ソッコーファンやめる」

「アタシだったら一緒にサボる」

「…勘弁して。お弁当マズくなってきた」





─必死だったんだなぁって、しみじみ思う。




無理を言って始めた一人暮らし。




藍には「高校に入って立ち直った」って言ったけど、それは大きな勘違いで。





家事、高校の授業、そして部活と、やらなきゃいけないことがいきなり増えた。





あまりの増えっぷりに、考える時間すらなくなって、悲しむヒマがなくなった。たったそれだけのコトなのだ。




そこをいくと、今は家事にも慣れて、比較的気持ちの余裕がある。




気が付くと、あのどうしようもない悲しみは、胸の奥に小さく残る思い出となって、あたしの感情を強く揺さぶるものではなくなっていた。





「乗り越えた」というのは、こういうコトを言うんだろうか。





そうだとすれば、それは間違いなく雫のおかげだ。





死んだら終わり。
ただ、生きろ。





当たり前のコトを教えてくれた、雫。





生きていれば、「乗り越えられる」。






当たり前のコトだけど、雫が言ってくれたから、納得できた。そして、その通りになった。





雫には本当、感謝してもしきれない。





そう思いながら、あたしは誰が作っても一緒の味になる唐揚げをひとつ、ふたつと口に運んだ。
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