実は彼、ユーレイでして。
ユリにもどうやら大きなケガはないらしく、手足を小さく擦りむいた程度ですんだようだった。




3階から中2階はそれほど高さがないとはいえ、階段から落下して傷口の消毒と絆創膏だけで手当が済んだことに、先生方は随分驚いていた。





ちなみにあたしは、足を踏み外して落下したユリに後ろから抱き付いた上、落下の勢いと共に中2階の壁に思いっきり叩きつけられた、というコトらしい。





にも関わらず、あたしには外傷が一切ないコトに、保健の先生を始め、目撃した生徒たちも揃って首を傾げていた。





まァ、当たり前といえば当たり前で。





なぜなら、雫があの一瞬であたしたち2人をさらに抱きかかえ、謎の力で落下の勢いを殺しながらなおかつあたしと壁の間に自分の身体を滑り込ませたのだから。






とはいっても、雫があたしたちを助けてくれたという事実は、仮にどんなに一生懸命熱弁したって、納得してくれるワケがない。





そんなコト重々承知のあたしは「いやぁ、強運なんですよ、昔っから」とおどけて見せたら、あたしの境遇を知ってる先生方がひっじょーに複雑な顔で「とにかく良かったな」と労ってくれた。





複雑なのはコッチだよ!と思いながら、あたしは泣き疲れて眠ってしまったユリを先生に任せ、保健室をあとにした。





「『ひとりに、しないで』、かぁ…」





廊下を歩きながら、さっき聞こえた声のことを思い出す。





あのときはとにかく恐ろしくてたまらなかったけれど、あの黒い靄(モヤ)は、雫と同じユーレイなのだろう。





ユリにケガをさせようとしたコトはちょっと許せないけれど、どうにも憎みきれない気持ちが胸の中にあった。





「ヒトリは辛いもんなァ…」





天井を見上げて、思わず呟く。





あのユーレイは、ずっとこの学校にいたんだろうか。





ひとりぼっちで。





誰にも気付いてもらえなくて。





見えるヒトには怖がられて。





ユリは底無しに明るい女の子で、誰かれかまわず話しかけては、別け隔てなくケラケラとよく笑う魅力的な子だ。友達も、多分あたしの5倍はいる。





あのユーレイは、もしかしたら、ユリのコトが羨ましかったのかなって、今になってそう思う。





それとも、ユリなら自分とも友達になってくれるんじゃないかって、そんな風に思ってたとか。





色んなコトを考えて。





でも、こんな風に思えるのも、ユリにケガがなくて済んだお陰で。






つまるところ、雫のおかげ。






結局全部を解決したのは雫なんだよなァ、と再認識したところで。





「…ん?」






雫の気配を、近くに感じた。
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