ONLOOKER Ⅴ
「あ」
さっき自分が歩いてきた角を、少女が曲がってきたのだ。
片耳にイヤホンを嵌めて音楽プレイヤーを弄っていた彼女は、俯けていた顔を上げた。
丸い目がぱっちりと見開かれる。
そして次の瞬間には破顔し、口からは小さな歓声が漏れていた。
「あーひじぃ!」
「恋宵ちゃん! 助かったあー」
「えーなに、また迷ってたにょん?」
ずばりと言い当てられて、聖は眉尻を下げる。
恋宵も今日は昼まで仕事が入っていると言っていたから、終わってすぐにこちらへ来たのだろう。
彼女の細い肩には、ギターケースがかかっていた。
小柄な恋宵が背負うギターは、やけに大きく見える。
「ひじぃ眼鏡だけ? 危なくにゃい?」
「いや、今日はずっと車だと思って油断して……てゆうか、」
「はは……うん」
「恋宵ちゃんもじゃない?」という言葉は、恋宵の苦笑いに遮られた。
そう言う彼女だって、黒縁の眼鏡に、普段は下ろしたままの前髪をピンで留めている、という申し訳程度の変装だったのだ。
あまり露出しない額を触りながら、恋宵が「へへ」と小さく笑い声をあげる。
自覚しているあたり、聖とだいたい似たような状況だったのだろう。
「すごかったもんね、あっちの通りの渋滞」
「うん、映画祭終わっちゃうかもにゃあって。確か三時で終わり? だから……」
恋宵がパーカーの袖を捲るよりも早く、聖が手に持ったままだった携帯電話で時間を見る。
「あと二時間ないね」
「あ、じゃあ急がにゃいと」
そう言って、恋宵が歩き出す。
道のわからない聖は、それについて行くのみだ。
よかったあ、という聖の言葉に笑ってから、他愛もない話をはじめた、その時だった。