ONLOOKER Ⅴ
聖は、手持ち無沙汰にカップの取っ手を指先で撫でながら、続ける。
「先輩、ピアノ弾いてくれないッスよね。紅先輩は聴いたことあるんですよねー?」
「あぁ、そうだったかな。そんなに上手くないけどね」
「でも紅先輩に聞いたら、准乃介先輩にしか弾けない音だってのろけられたんすけど」
「のろけって……それ、紅の前で言ったら二時間正座させられるよ?」
「俺、先輩のピアノずっと聴いてみたいと思ってたんですよ」
聖が唇を尖らせる。
今日はやけに我が儘ばっかり言うね、と准乃介が目を細めて微笑んだ。
夏生、なにか知ってるの。
そう言った恋宵の声が、直姫の脳裏に甦る。
聖はわざと、試しているのだ。
甘え上手な後輩のふりをして、どこまで踏み込めるかどうかを。
そんなこと聞いていいのか、と考えている自分に、直姫は気付く。
だが、だめ押しのようにねだった聖に「えぇ、やだよ」と答えた准乃介は、笑っていた。
目が笑っていないどころか、なんとなく照れ臭そうですらある。
「俺が人前でピアノ弾かないのはね」
空になったティーカップを、トレイの上にかたりと置く。
紅茶に濡れたレモンの乗った皿。
はちみつを混ぜたティースプーン。
甘酸っぱい香りは、いつの間にか消えかけていた。
「聞かれたくないからだよ。誰に習ったのって」
教養として音楽を習う生徒の多い、悠綺高校ならではの質問だろう。
有名講師やプロのピアノ奏者に習うことが一種のステータス、という考え方の人が大勢いるのだ。