ONLOOKER Ⅴ
「弾きたくないんですか?」
「いや? ピアノは好きだよ」
「聴かれたくないなら、学校でピアノ弾かなければいいのに」
「あは、だよねえ。でもまあ、あれは……入学したばっかで、暇潰しとストレス解消みたいなものだったから」
金持ちのご子息ご令嬢の感覚に、ついていくのが大変だった、という話だろうか。
勉強のレベルと、仕事の忙しさと、決定的な観念のズレ。
一つずつならなんとか頑張れても、すべて一緒に襲いかかってくるとなると、辛いものがあるのだろう。
彼ならばなおさらのことだ。
准乃介といえば、怒ったところを見たことがないという人が大勢いるが、どうやら意識して怒らないようにしているようなのだ。
それでいて家に帰れば、かわいくもあるが面倒くさくもある弟たちが五人もいる。
それでストレスが溜まらなければ超人か聖人だ。
「先輩たちが休みの時に、寝ようと思って休憩室入ったら、なぜかピアノ置いてあってさ。なんかちゃんと調律してあるし」
「いつからあるんですか? あのピアノ」
「さあ……わかんないな」
ちょっと触ってみたら、止まんなくなっちゃって。
そう話す准乃介が、いつになく饒舌なような気がして、直姫は黙った。
話の腰を折ってはいけないと思ったのは、気を遣ってなのか、直姫自身興味があったからなのだろうか。
どちらにしても、らしくないと思った。
自分らしさを自覚していることも、らしくない。
「一時間くらい弾いて、疲れて手止めたら、紅がいて。ちょっと恥ずかしかったな、あれは」
「……あ、紅先輩の前でしか弾いたことないって、そういうことですか」
「え? なにそれ」
准乃介が、笑いながら聞き返す。