sound village
…見ろ。さすがの啓太も
微妙な表情じゃないか。
「え…っと…アイツが相手って…
何のことですか…?」
シドロモドロになりながらも
気になるそのフレーズを
拾いあげれば。
「ん?」
部長は肩眉をあげて、周りを
見渡し、“誰も聞いていちゃ
いねーな”とニヤリと笑んだ。
「音村だよ。俺は、レンの
結婚相手は佐藤なんだろうなって
ずっと思ってたんだよな。
あ、これ内緒だぞ。
オジサンの昔話だからな。」
“レン”…?
えっ…?ちょっと待ってくれ。
この人、今、何て言ったんだ?
「一時、付き合ってたんだよ。
だけど、彼奴二人、異常に仲良いだろ。
俺が下手なヤキモチやいてね。」
部長のお猪口を持つ手の指には
そこそこ年季の入った結婚指輪が
鎮座している。
「結果、俺は今の嫁さんと
結婚して幸せだからいいんだけど。
…そうか…違ったんだな。」
“あの時、信じてあげなくて
可哀相な事したな…ってね。
家族変更届を見て、シミジミ
思ったんだ”…と、人事部長は
オトナの色気を駄々漏れに語る。
目の前の俺と啓太は、完全に
その話を理解しながらも
信じられないというのか…
何というのか…唖然としている。
「お前達、俺の話に
ついて来れないみたいだな。
ビックリした?」
部長はクスクス笑う。
「大体、啓太、お前、不思議に
思わなかったのか?名刺と
雇用データの漢字が違うなって。」
「…いや、アレは…芸名だと
思ってたので…本名は、
こっちなのかなって…」
俺の完全に停止した思考回路は、
もはや、啓太の棒読みの
不明瞭な回答を、受け止める
キャパシティは、残っていなかったの
だった。