妖花
(しまった。俺とした事が)
また、甘えちまった。
いい加減に、親離れならぬ姉離れをしなくてはならない、と改悛する。
するが、いつだってそれは予定にしかならず、実行に運べた試しがなかった。
親を早くに亡くしためか、親代わりの姉に菊之助はよく甘える。
……それでも、周りの少年たちは皆、体が大きくなるにつれて働きだし、自立するまでは家庭を守る。
だから菊之助もそれに同調した。
働くことで、自分は非力な子供ではないと証明しようと思ったのかも、しれない。
けれど。
口先では、百合に嫁入りを進めたりして、大人になったつもりの菊之助であったが、
(姉ちゃんがいなくなったら、寂しいかもな)
という不安もあった。
百合が自分の許から去って行ってしまったら。
独りになった時、いったいどれほどの不安や切なさが襲ってくるのだろう。
そんな懸念が積もって、結局、百合の前では菊之助は都合よく子供に戻り、刀を持てば似非大人の侍となる。
菊之助は大人の世の厳しさを知っている。
知っているから、反動で姉のその優しさについ甘えてしまう。
やめたくてもやめられない、悪循環だ。
「姉ちゃん。
俺、今の仕事は順調にできてるよ。
女だてらに、上手くやってるぜ」
俺あ、もう子供じゃないから。
独りでも平気だよ、ぜんぜん。
少しでも胸中にある鼠色の塊を排除したくて、菊之助は前触れもなく唐突にそう言った。
「どうしたのよ、いきなり」
「い、いや……」
百合はもちろん、思いつめた菊之助を物珍しそうに窺った。
そして百合は、なぜか儚げに微笑んだ。
「……あんたは、強いものね」
昔から------百合は菊之助の長所も短所もよく理解していて、よく励ましてくれる。
しかし、ちと粗暴でかつ向う見ずな菊之助な短所を叱咤したことは、ない。
「それにあんたは周りの女よりも胸はないけど、強くて頑丈だからねえ。
それで男も仕事に使ってくれるんだよ」
百合は褒めてくれている、ようだ。
胸はない、の一太刀が、菊之助の背をざっくりと斬り下げる。
百合はあまり菊之助の欠点を指摘しないが、生まれてこの方、正直だ。
ふくふくと泡をふいて菊之助は湯船に沈没する。
百合はそんな妹を引き上げて、背をかがめながら湯から出た。