妖花
ぎょっとする菊之助に段田は、
「座ってていいよ。今、茶を出そう」
段田に言われ、菊之助はおそるおそる座布団の上に座した。
そうしている間にも、また誰が持って来たわけでもなく、ふわりふわりと茶を注がれた湯呑がこちらに降り立った。
意外と気が利く一面があるのはありがたかったが、やはり段田は人ではなさそうだ。
あれは明らかにあやしの術である。
小さく礼をして茶を口に含むと、これがまた悲しいほどに薄い茶だった。
「それで、菊之助だったか」
段田が猫背で向かいに座した。
おう、と応答しようとして、またまた菊之助は間抜けた顔になった。
(俺って、こいつに名前教えたっけか)
自問する菊之助に、段田は、「ああ」と肯定した。
名乗ってなどいないはずだ。
それに菊之助は気付けなかった。
「おう……」
菊之助は訳も分からず答えた。
「ここは、口入れ処だろう。俺あ、仕事を紹介してもらおうと思って来たんだ」
「それは知っている。君がここに来た時からね」段田が茶を啜りながら菊之助を指さす。
「剣術を使う仕事を、お探しなんだろう」
おかしなことに、段田はなにもかも見透かしている。
「ようこそ。口入れ処、妖花屋へ」
口入れ処、あやかや。
覚えにくいなあ、と思いつつも、菊之助は口内でいま一度繰り返す。
段田の微笑は美しいが、どこか、人間味に欠けている感じでもあった。