妖花




 これはいよいよ変だぞ、と菊之助が兜の緒を締め始めた刹那、二階へ通ずる階段が軋んだ。

 二階から誰かが降りてきたと思しい。菊之助は階段に目をくれた。

「春芝(はるしば)……」


 階段を見上げて、段田が呟いた。

 春芝。

おそらくは二階から降りてきた男の名だろう。

これもまた奇妙な名である。


 春芝は段田と同じく長身で、齢も近いと見える。

しかし優男風の段田に対をなして、きりりと目尻が鋭く吊り、荒々しい風貌の男前だ。

男のくせに髪を首あたりで切り揃えた禿頭にし、その頭に白い手拭いを巻き付けている。

股引を穿いており、藍と白の縞模様の着物を着た、大工のような恰好だった。


「誰でい、そいつは」


 春芝は菊之助に歩み寄るや、ぐるると唸った。

こうすると、この男の荒んだ雰囲気がさらに際立つ。


「佐藤、菊之助だ」


 菊之助の声は威勢が良かったが、やはり変声期を迎えた男にあるべき太さが無い。


「おめえ、妙に声が高えな。男のくせに」


 きっと、怪しんでいるのだ。

春芝は菊之助を悉く眺め回し、眉をひそめた。






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